浦和地方裁判所 平成2年(ワ)1019号 判決 1992年7月28日
原告
木村鉄男
同
福山義光
右二名訴訟代理人弁護士
武笠正男
被告
谷口清
右訴訟代理人弁護士
山本正士
主文
一 被告は原告木村鉄男に対し二七六九万一五三八円及びこれに対する平成元年九月二六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は原告福山義光に対し五七五万〇四六二円及びこれに対する平成元年九月二六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用はこれを一〇分し、その三を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
五 この判決は第一、第二項に限り仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告木村鉄男(以下「原告木村」という。)に対し七一七五万円及びうち六五二五万円に対する平成元年九月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告は原告福山義光(以下「原告福山」という。)に対し二八三四万円及びうち二五七七万円に対する平成元年九月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告らが被告に保証書の作成とこれによる登記申請手続を委任した経緯
(一) 原告福山は、平成元年九月初め頃、不動産の仲介業を営む有限会社東和ハウスの松本利男その他の者から勧められ、右会社を仲介人として、中村家久(以下「中村」という。)所有の別紙物件目録(一)及び(二)の土地(以下「本件土地」という。)を代金一億六〇二〇万円で買い受けた(以下、これを「本件売買」という。)。しかしながら、後に判明したところによると、もともと中村には本件土地を売り渡す意思はなく、本件売買は坂口宏次、浦﨑作(以下「浦﨑」という。)その他の数名が共謀のうえ、浦﨑において本件土地の所有者である中村になりすまし、原告福山から売買名下に代金相当の金員を騙取しようとしたものであった。
(二) 本件売買当時、このことを知らない原告福山は、真実売買が成立したものと信じて、その代金に充てる資金を銀行からの融資によってまかなう予定でいたところ、売主から国土利用計画法(以下「国土法」という。)所定の手続が完了し所有権移転登記手続が可能になる以前に、売買代金のうち一億三〇〇〇万円を先払いしてほしいとの申入れがあったので、予て知合いの原告木村に対して、銀行からの融資が実行されるまでの継ぎの資金として一億円分を都合してほしい旨の申込みをし、原告木村はこれを承諾した。こうして、原告木村からの一億円と原告福山自らが用意した三〇〇〇万円とを合わせて一億三〇〇〇万円の資金は準備できたが、国土法所定の手続が完了するまでは売買契約書を作成できないため、右一億三〇〇〇万円は、取りあえず、原告木村が売主に対して貸し付けることとし、その貸金債権を担保するための抵当権が設定された。
(三) そして、その設定登記申請手続をすることになったが、売主において本件土地の登記済権利証を保有していなかったので、司法書士に保証書の作成とこれによる登記申請手続を依頼することとし、平成元年九月五日、原告ら、中村を自称する浦﨑ほか三名の詐欺集団、本件売買の仲介人などの関係者が浦和市内の司法書士・横田敏夫の事務所に参集し、その依頼をしたが、横田司法書士は、中村と面識がないことを理由に、本人であることが確認できる顔写真付き身分証明書の提示を求め、その提示がなかったため、結局、保証人になることを断った。このとき集った関係者の中に被告を知る者があり、それならばこの者の紹介で司法書士である被告に保証書の作成とこれによる登記申請手続を依頼しようということになり、右同日、関係者揃って埼玉県蕨市内の被告の事務所を訪れ、被告に対しその依頼をした。
(四) このとき原告らと中村を自称する浦﨑が被告に委任したのは、本件土地に原告木村を抵当権者、中村を債務者、被担保債権を一億三〇〇〇万円とする抵当権設定登記申請手続であり、被告は、自らが保証人となって保証書を作成し、これによって右登記申請手続をすることを引き受けた。そこで、中村を自称する浦﨑に対し、原告木村は用意した一億円を、原告福山は用意した一〇〇〇万円を、それぞれの場で交付した。さらに、原告福山は、残金として、同月六日に二〇〇万円、同月七日に三〇〇万円、同月九日に一五〇〇万円、計二〇〇〇万円を交付した。
(五) 原告らは、同月二六日に至り、中村の代理人である弁護士・松下祐典からの情報で本件売買が中村本人によってされたものでないことを知り、中村から右抵当権設定登記の抹消登記手続請求の訴訟を提起されたため、その請求に応じて抹消登記手続をすることを余儀なくされた。
2 被告の責任
不動産登記法第一五八条が、登記義務者について確実な知識を有しないのに同法第四四条の規定による保証をした者に対して刑罰を科していることからも明らかなように、同法条により登記義務者について人違いないことを保証するためには、保証人はその人物が本人であることについて確実な知識を有していることが必要であり、そのためにはその人物と以前に面識がなければならないはずである。もし、仮に面識がないのに保証人になるのであれば、保証人は予めその人物について、顔写真付き証明書の提示を求めるなど、その人物が本人であることにつき確実な知識を有するに至るまで十分な調査をすべきである。ところが、本件においては、被告は浦﨑が中村の身分証明書(浦和市長発行、顔写真がないもの)、印鑑登録証明書及びその印鑑、本件土地の評価証明書を所持していたことや、浦﨑ほか同行した詐欺集団一味の言動などから安易に浦﨑を中村本人と信じ込み、自分とその妻を保証人として保証書を作成したものである。とくに、本件においては、原告らも売主と対面するのは被告の事務所を訪れた日が初めてであり、被告において、原告らに対し二、三の質問をしていれば、原告らも中村とは面識がないことを容易に知り得たはずである。のみならず、被告はこのとき、原告福山から、逆に浦﨑が中村本人に間違いがないかどうかを尋ねられたのに対し、間違いない旨を答えている。このように、被告には、保証書を作成するに際し、浦﨑が果して中村本人かどうかを確認するにつき、顔写真付き身分証明証の提示を求めるとか、取引関係者に対し事情を確かめるなど、十分な調査手段を講じなかった点に過失があり、したがって、被告は原告らに対し、委任契約上の債務の不完全履行若しくは不法行為により、原告らが被った損害を賠償すべきである。
3 損害
(一) 原告木村の関係
(1) 騙取された金額 一億円
前記のとおり、原告木村は平成元年九月五日、浦﨑に対し一億円を交付した。
(2) 登記申請手続費用 二五万円
原告木村は平成元年九月一二日、被告に対し保証書作成料を含め二五万円の登記申請手続費用を支払った。
(損害の一部填補)
原告木村は右(1)の損害額のうち一〇〇〇万円相当分を有限会社東和ハウスの松本利男から、二五〇〇万円相当分を坂口宏次からそれぞれ返還してもらった。
(3) 弁護士費用
原告木村は本件訴訟を原告代理人に委任したところ、その報酬のうち右(1)、(2)の損害額から填補額を控除した残額六五二五万円の約一割に相当する六五〇万円を原告木村に生じた損害として被告に負担させるのが相当である。
(四) 原告福山の関係
(1) 騙取された金額 四〇〇〇万円
前記のとおり、原告福山は浦﨑に対し、平成元年九月五日一〇〇〇万円、同月六日二〇〇万円、同月七日三〇〇万円、同月九日一五〇〇万円を交付したが、さらに、同月下旬、中村の代理人と名乗る平井と称する人物から「一億三〇〇〇万円の残金がまだ中村に入金されていない。中村さんは怒っている。払わないと仮処分をかける。」との連絡を受け、やむなく同月二五日、平井に対し一〇〇〇万円の現金と額面一五〇〇万円の小切手を交付したが、その後、小切手については支払停止をしたので換金を免れた。したがって、騙取された金額は合計四〇〇〇万円である。
(2) 登記申請手続費用
原告福山は平成元年九月五日、被告に対し保証書作成料を含め七七万円の登記申請手続費用を支払った。
(損害の一部填補)
原告福山は右(1)の損害額のうち一五〇〇万円相当分を坂口宏次から返還してもらった。
(3) 弁護士費用
原告福山は本件訴訟を原告代理人に委任したところ、その報酬のうち右(1)、(2)の損害額から填補額を控除した残額二五七七万円の約一割に相当する二五七万円を原告福山に生じた損害として被告に負担させるのが相当である。
よって、原告らは被告に対し、原告木村に対して右(1)ないし(3)の損害合計七一七五万円及びこのうち(3)の弁護士費用を控除した六五二五万円に対する事件発生の後である平成元年九月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、原告福山に対して右(1)ないし(3)の損害合計二八三四万円及びこのうち(3)の弁護士費用を控除した二五七七万円に対する右同日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払うことを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の(一)の事実のうち、原告福山が本件売買をしたことは不知、後に判明したところ、本件売買が原告ら主張のような詐欺事件を構成するものであったことは認める。
同(二)の事実のうち、原告福山が本件土地の代金を銀行からの融資によってまかなう予定であったことは、不知、その余は認める。
同(三)の事実のうち、本件土地について登記済権利証がなかったので保証書による登記申請手続をすることにしたこと、原告らをはじめ関係者が被告の事務所を訪れ、保証書の作成とこれによる登記申請手続を依頼したことは認めるが、その余は不知。
同(四)の事実のうち、被告が原告ら主張の抵当権設定登記申請手続を引き受けたことは認めるが、その余は不知。
同(五)の事実は不知。
2 同2の事実のうち、被告について浦﨑が中村本人であるかどうかを確認する十分な調査手段を講じなかったことに過失があることは争う。
普通の人は、保証書による登記申請のことを知らないため、登記済権利証がない不動産について登記申請手続を委任しようとする場合、予め保証人を見つけ、その用意をして司法書士の事務所を訪れることはまずあり得ず、司法書士から保証書による登記申請手続の説明を聞いて初めてこれを知るのである。そして、一般に登記申請手続は迅速を要することが多いので、司法書士が保証人となるのが通常であり、その際、司法書士が登記義務者と面識がないことを理由に保証人となることを拒否すれば、登記義務者は不動産登記法第四四条所定の要件を具備した保証人を探すのに多くの時間を費やすことになり、その結果、予定した日時に目的の登記ができないことになって、登記制度自体に混乱を招くことになりかねない。これを避けるために司法書士は面識のない登記義務者についても自ら保証人となることを引き受けているのであり、この場合、司法書士は限られた時間的制約のなかで、可能な手段を尽くして、依頼者が登記義務者本人であるかどうかを確認し、確信を得た場合に限り保証人となっている。依頼者が登記義務者本人であるかどうかを確認するについて司法書士に過失があるかどうかを判断するについては、このような登記実務の現状を十分考慮におくべきである。
依頼者が登記義務者本人であることを確認する手段として、自動車運転免許証やパスポートによることは、これらの証明書に本人の顔写真が貼付してあるので確かなものであるに違いない。しかしながら、高齢者が登記義務者である場合、運転免許を取得していない者が大多数であり、パスポートも誰もが取得しているわけではないし、取得していても国内で常時携帯していることはないのであるから、確認手段をこのような証明書によることとするのも非現実的である。本件においても、被告は中村を自称する浦﨑に対し顔写真付き身分証明証の提示を求めたのであるが、そのような証明書はないという返答であった。そこで、被告は、原告ら、中村を自称する浦﨑その他同行の関係者との面接を通じて、次のような事情から浦﨑を中村本人と確信したのである。
(1) 浦﨑は、中村の身分証明書(浦和市長発行)、印鑑登録証明書とその印鑑、本件土地の評価証明書並びに登記簿謄本を所持していた。これらの書面は通常、本人か、弁護士、司法書士など特別の資格を有する者にしか下付されないものである。
(2) 身分証明書及び印鑑登録証明書に記載されている中村の生年月日が浦﨑の外見から受ける年齢と一致しているように見受けられた。
(3) 登記簿謄本の記載によると、中村の住所が変更されているので、浦﨑に対し、旧住所と新住所を尋ねたところ、正確に答えた。
(4) 被告は、中村の自宅に電話をして確認を取ろうとしたところ、浦﨑は、「現在、自宅建替えのため仮住まいをしており、そこには電話は引いていない。」と答えたので、電話による確認は取れなかった。
(5) 本件土地には既に平成元年八月一四日受付で内海敏雄を抵当権者とする抵当権設定登記がされており、被告は原告らによる前記抵当権設定登記申請手続と同時に、同行の内海から右内海を抵当権者とする抵当権設定登記抹消登記申請手続を委任されたのであるが、この抵当権設定登記も保証書によってされており、内海は浦﨑を中村本人と信じている様子がうかがえた。
(6) 被告は原告ら、浦﨑その他の関係者が事務所を訪れる少し前、知合いの白井英雄から紹介の電話を受けていたが、その際、白井から中村の体調がよくないと聞いており、浦﨑も見るからに病弱そうであった。
以上のような状況からすれば、被告が浦﨑を中村本人と信じたことはもっともなことであり、被告に過失があるとはいえない。
3 同3の(一)の(1)、(2)の各事実は認める。(3)の主張は争う。
原告木村が、有限会社東和ハウスの松本利男から返還を受けたのは一〇〇〇万円ではなく一三〇〇万円である。ほかに、原告木村は内海敏雄から六五〇〇万円の返還を受けており、したがって、騙取された金額は原告福山が拠出した分を含めて一億三〇〇〇万円全額返還されている。
同(二)の(1)の事実のうち、原告福山が平成元年九月五日浦﨑に対し一〇〇〇万円を交付したことは認めるが、その余は不知。(2)の事実は認める。(3)の主張は争う。
原告福山が被った損害は浦﨑に交付した一〇〇〇万円と被告に支払った登記申請手続費用七七万円の合計一〇七七万円である。これに対し一五〇〇万円が原告福山に返還されているので、原告福山が被った損害は全部填補されていることになる。また、原告福山が平井と称する人物に交付したという一〇〇〇万円は原告らの主張自体からしても被告の保証書による登記申請手続とは関係ないことが明らかである。
三 抗弁
原告らは、被告の事務所を訪ねる前に、既に本件売買をしているのであり、その際、買主としては目的物件の所有者と称する売主が本人に間違いないかどうかを確認することは不動産取引の常識である。とくに、本件においては次のような事情が存在したのであるから、なおさらのことである。
(1) 原告福山は不動産売買を営業目的の一つとする有限会社セトルカンパニー(昭和四九年一月三一日設立)の代表取締役であり、不動産取引には精通している者である。
(2) 浦﨑ほかの詐欺集団は、当初原告福山に対し仲介業者を介して本件土地を担保に金銭貸借の取引交渉をもちかけている。これが原告福山の方からの要望で売買取引に変わったのであり、その取引交渉の過程で、原告福山は相手方の事情を探り、中村本人に直接会ってその意思を確かめる機会は十分にあったはずである。
(3) 本件売買は、一億円を超す多額の金銭出費を伴う取引であり、買主としては予め売主について十分に調査をし、必要な情報を入手しておくべきであった。
(4) 本件売買には、数名の暴力団員や多数の土地ブローカーが介在しており、このような取引には一層の警戒が必要であり、慎重を期すべきであった。
ところが、原告福山は取引交渉をもっぱら仲介業者を通じて進め、その過程で中村本人が一度も姿を見せないことに不審を抱かず、登記申請手続をする日に初めて会った浦﨑を安易に中村本人と信じ込み、被告に対し中村の保証人となることを依頼しているのである。この点では原告木村も全く同様であり、原告木村は原告福山の言うことを安易に受け容れ、貸借の相手方について十分な関心をもたないで一億円という多額の金銭を拠出している。被告が浦﨑を中村本人であると判断した根拠の一つには、取引交渉の過程を通じて、当然中村と面識があったと思われる原告らが浦﨑を中村本人と信じきっていたことがあり、本件詐欺事件を防止できなかったのには原告らにも過失がある。
四 抗弁に対する認否
原告福山が有限会社セトルカンパニーの代表取締役であること、この会社が不動産売買を営業目的の一つとしていること、原告らが取引の相手方である中村を自称する浦﨑と初めて会ったのが登記申請手続をする日であったことは認めるが、原告福山が不動産取引に精通していることは否認する。
原告福山は宅地建物取引主任者の資格有しておらず、取引に通じていないからこそ、本件売買についても不動産業者である有限会社東和ハウスの松本利男を仲介人に立てたのである。
登記や法律のことに詳しくない原告らは、相手方が物件の所有者本人であることを確認するといってもどのような手段を取ってよいか分からず、この点を専門家である被告に問い質し、被告から本人に間違いがないと言われたので、浦﨑を中村本人と確信したのである。
第三 証拠<省略>
理由
一<書証番号略>、原告福山、同木村、被告の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 原告福山は産業廃棄物の収集・運搬並びに処理を主たる営業目的とする有限会社セトルカンパニーの代表者であり、原告木村は清掃事業を営んでおり、原告福山とは取引関係者として、また友人として親しい間柄にあった。
2 原告福山は、自宅の一部を会社の事務所に供していたことから、事務所用建物を建築するため自宅近くに頃合いの土地を探し求めていたところ、平成元年八月末ころ、予て知合いの佐藤正人から、手頃な土地があるとの情報がもたらされた。そこで、原告福山は同年九月四日、JR西川口駅前の「並木不動産」で、その代表者である五十嵐某、その関係者である原某、右佐藤、不動産業を営む有限会社東和ハウスの代表者である松本利男と面会し、これらの者の案内で、現地を検分した上、中村所有の本件土地を一億六〇二〇万円で買い受けることとした(本件売買)。しかしながら、この時点では、原告福山は、本件土地の所有である中村とは全く面識がなく、そもそも、本件売買は、坂口宏次、浦﨑その他数名が共謀の上、浦﨑において中村になりすまし、買主から売買名下に代金相当の金員を騙取しようと企んだ詐欺事件であった。
3 本件売買当時、原告福山はこのことを知らず、代金に充てる資金は銀行からの融資でまかなう予定でいたのであるが、前記仲介業者から国土法所定の手続が完了し所有権移転登記手続が可能になる以前に、売買代金のうち一億三〇〇〇万円を先払いしてほしいという売主側の条件を示されたので、原告福山は、本件土地を是非とも取得するためには止むを得ないと考え、原告木村に対して、銀行からの融資が実行されるまでの継ぎの資金として一億円を都合してほしい旨の申込みをし、原告木村はこれを承諾した。こうして、原告木村からの一億円と原告福山自らが用意した三〇〇〇万円とを合わせて一億三〇〇〇万円の資金は準備できたが、仲介業者を通しての交渉の結果、国土法所定の手続が完了しないと正規の売買契約を締結することができないということなので、右一億三〇〇〇万円は、取りあえず、原告木村が売主に対して貸し付けることとし、その貸金債権を担保するための抵当権が設定されることになった。
4 そして、その登記申請手続と右一億三〇〇〇万円の貸付が実行されることになり、平成元年九月五日、原告ら、中村を自称する浦﨑ほか三名の詐欺集団、本件売買の仲介業者などの関係者が事前の打合せに従って浦和市内の司法書士・横田敏夫の事務所に参集した。このとき原告らは初めて浦﨑と会い、浦﨑は原告らに対し自らを売主の中村であるとして自己紹介し、原告らも自らを紹介して挨拶を交した。登記申請手続は、売主において本件土地の登記済権利証を保有していなかったので、保証書によってすることとし、浦﨑から横田司法書士に対し保証書の作成とこれによる登記申請手続を依頼したが、横田司法書士は、中村と面識が無いことを理由に、浦﨑に対し中村本人であることが確認できる顔写真付き身分証明書の提示を求めたが、これが提示されなかったため保証書の作成を断った。その際、横田司法書士は、本件土地には内海敏雄を抵当権者とする抵当権設定登記がされているので、その登記申請手続をした司法書士に依頼すればよいと言い、集まった関係者の一人である白井英雄が、その司法書士は被告であると言ったことから、それならば被告に保証書の作成とこれによる登記申請手続を依頼しようということになり、集まった関係者は、右同日、相前後して埼玉県蕨市内の被告の司法書士事務所を訪れた。
5 このとき被告が集まった関係者から依頼されたのは、本件土地にされている内海敏雄を抵当権者とする債権額六五〇〇万円の抵当権設定登記及び同じく内海を権利者とする所有権移転請求権仮登記の各抹消登記申請手続をすることと、本件土地に原告木村を抵当権者、中村を債務者、債権額を一億三〇〇〇万円とする抵当権設定登記申請手続をすることであり、後者の登記申請手続は保証書によってするというものであった。しかしながら、被告は、右内海を抵当権者とする抵当権設定登記等の申請手続をしたことはなく、中村とは一面識もなかったので、まず、浦﨑に対し運転免許証、パスポートなど浦﨑が中村本人であることを確認できる顔写真付き証明書の提出を求めたが、これを所持していないということなので、これに代わる証明書類の提示を求めたところ、中村の身分証明書(浦和市長発行、顔写真のないもの)、中村の印鑑登録証明書とその印鑑(ただし、後に判明したところでは、この印鑑は中村に無断で変更登録されたものであり、本人のものではない。)、本件土地の登記簿謄本と土地課税台帳登録証明書を提示した。次に、被告は浦﨑に対し中村の住所を尋ね、これと登記簿上の記載が相違している点を質したところ、浦﨑はその原因について正確な答えをした。そのほか、中村の生年月日が浦﨑の外見から受ける年齢と一致しているように見受けられたこと、本件土地にされている前記内海敏雄を抵当権者とする抵当権設定登記等も保証書によってされており、同行の内海も浦﨑が中村本人であることについて疑いをもっているような気配は見られなかったこと(ただし、後で判明したところでは、右抵当権設定登記等も、浦﨑ほかの詐欺集団が貸借名下に内海から金員を騙取するため中村に無断でしたものであり、右の時点では、内海はこれに気付いていなかった。)、原告ら、浦﨑その他の関係者が被告の事務所を訪れる少し前、被告は、予て知合いの白井英雄から予告の電話を受けたが、その際、白井から中村が体調不良であると聞いており、現に被告の面前に姿を見せた浦﨑が見るからに病弱そうであったこと、訪れた関係者の中には銀行の関係者もおり、関係者の間では取引に関しては交渉が十分に尽くされていて、何人も浦﨑が中村本人であることに疑いを抱いている気配はなく、契約は履行の段階に達しているものと見受けられたことなどの事情から、被告は、浦﨑が中村本人であると信じ込み、申し込まれた保証書の作成とこれによる登記申請手続を引き受けた。そして、その際、被告は、原告福山から浦﨑が中村本人に間違いないかどうかを尋ねられて、間違いがないと言い、一方、原告らは、被告において、浦﨑が中村本人に間違いないと言うし、保証書の作成とこれによる登記申請手続を引き受けたので、その日のうちに、浦﨑に対し、原告木村において一億円を、原告福山において一〇〇〇万円それぞれ交付し、さらに、原告福山は、残金として、翌六日に二〇〇万円、同月七日に三〇〇万円、同月九日に一五〇〇万円、合計二〇〇〇万円を交付した。
6 その後、間もなく、本件土地については被告による申請手続によって前記抵当権設定登記がされたが、同月二六日に至り、原告らは、中村の代理人である弁護士・松下祐典からの情報で本件売買が中村本人によってされたものでないことを知り、原告木村に対し右抵当権設定登記の抹消を求める訴訟を提起されたので、請求に応じてその抹消登記手続をすることを余儀なくされた。
以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
不動産登記法第四四条が登記義務者の権利に関する登記済証が滅失した場合には、登記申請書に登記義務者の人違いないことを保証した書面を添付すべきことを要するとしているのは、現に登記義務者として登記申請をする者と登記簿上の登記義務者とが同一人であることを確保することにより不正な登記がされることを防止することにあるのであるから、このような保証をする者は現に登記義務者として登記申請をする者と登記簿上の登記義務者とが同一人であることにつき確実な知識を有していることが必要である。したがって、保証をする者が既に登記簿上の登記義務者と面識があり、この者が現に登記義務者として登記申請をする者であることが確認できれば、問題の余地はないが、そうでない場合には、保証をする者は、現に登記義務者として登記申請をする者と登記簿上の登記義務者とが同一人であることが確認できる状態に達するまで、善良な管理者の注意をもって十分な調査を行うべきであり、保証をする者がこれを怠ったため誤った登記がされ、そのために損害を被った者があるときは、保証をする者は、損害を被った者が保証を委任した者であるときは委任契約上の債務の不完全履行若しくは不法行為により、それ以外の者であるときは不法行為により、この者に対し被った損害を賠償する義務を負うと解するべきである。保証をする者が負うこの損害賠償義務は、司法書士が登記申請手続の委任を受けるのに付帯して保証をすることを引き受ける場合でも同様であって、司法書士は登記申請手続について急を要する事情があるからといって、右調査確認の義務を軽減されるものではない。
前認定の事実によれば、本件においては、被告は、本件土地の所有者である中村とは面識がなかったのであるから、保証をすることを引き受けるに当たっては、浦﨑が中村本人と同一人であることを確認できる状態に至るまで、十分な調査をおこなうべき注意義務を負ったところ、前認定のような状況のもとにおいては、被告が浦﨑を中村本人と信じ込んだことにも一理ないことはない。しかしながら、一方で、被告は、原告福山から、浦﨑が中村本人に間違いがないかどうかを尋ねられているのであり、このことは関係者の間で既に十分な取引交渉が行われていたものとすれば甚だ不自然なことであって、被告が原告福山のこの言動に注意を払ったとすれば、被告は、さらに関係者の個々人から取引交渉の経過について事情を聴取し、そうすれば、原告らと浦﨑とは取引交渉の経過で全く顔を合わせていないこと、したがって、前認定の事情から直ちに浦﨑を中村本人と確認するには不十分であることに気付いたはずであるのに、被告は、かえって、右問いに対し、間違いない旨を答えている。また、被告本人の供述によれば、被告は、中村方の電話番号を手掛かりとして浦﨑が中村本人であることを確認するため、浦﨑に対し電話番号を質したところ、浦﨑が「現在、自宅建替えのため仮住まいをしており、そこには電話を引いていない。」と答えたというのであるが、この答え自体不自然なものであるのに、被告はこの点についてそれ以上の関心を払っていない。不動産登記法第四四条によれば、いわゆる保証書による登記申請をするには成年者二人以上の保証が必要とされているところ、<書証番号略>によれば、被告は、もう一人の保証人を浦﨑が中村本人であることにつき全く知識を有しない妻の富枝としていることが認められ、このことは保証に誤りないことを期そうとする右法条の趣旨を没却するものといっても過言ではない。こうしてみると、本件において被告がとった前認定の調査手段は浦﨑が中村本人であることを確認するについて十分なものとはいえず、被告には浦﨑が中村本人であることを保証するにつき過失があったというべきである。そして、前認定の事実によれば、本件においては、被告が保証することを引き受けたのは原告木村と浦﨑からの申込みによるものとみるのが相当であり、したがって、この点に関する委任契約は被告と、原告木村及び中村を自称する浦﨑との間で成立し、被告と原告福山との間でまで成立したとみるのは困難である。そうすると、被告は、原告木村に対しては委任契約上の債務の不完全履行若しくは不法行為により、原告福山に対しては不法行為によりそれぞれが被った損害を賠償すべきである。
二そこで、損害について検討する。
1 騙取された金額について
被告が保証書の作成とこれによる前記抵当権設定登記申請手続きを引き受けたので、原告らは浦﨑に対し、その被担保債権に相当する一億三〇〇〇万円を、原告木村において一億円、原告福山において三〇〇〇万円の割合で交付したことは前認定のとおりである。ほかに原告らは、後に原告福山において、平井と称する人物を介して、浦﨑に対し、さらに一〇〇〇万円を交付したと主張するが、右一〇〇〇万円は被告が保証書の作成をしたこととは直接の関係なしに交付されたものであることは原告らの主張自体に照らして明らかである。したがって、このことにより原告福山が損害を被ったとしても、このことについて被告が賠償の責を負ういわれはない。
次に本件売買が坂口宏次や浦﨑らによって仕組まれた詐欺事件であることが判明した後、原告木村は有限会社東和ハウスの代表者である松本利男から一〇〇〇万円(この金額について、被告は一〇〇〇万円ではなく一三〇〇万円であると主張し、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる<書証番号略>にはこれに副う記載があるが、この記載は原告福山の本人尋問の結果と対比してたやすく採用できない。)、坂口宏次から二五〇〇万円、合計三五〇〇万円を、原告福山は坂口宏次から一五〇〇万円をそれぞれ返還してもらったことは原告らの自認するところである。そのほか、原告福山の本人尋問の結果によれば、原告福山は本件売買に仲介業者としてかかわった白井英雄ほか二名の者からも合計五五万円の返還を受けていることが認められる。のみならず、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる<書証番号略>及び原告福山の本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告らが浦﨑に対して交付した合計一億三〇〇〇万円のうち六五〇〇万円は本件土地にされていた前記内海敏雄を抵当権者とする抵当権設定登記を抹消するため坂口宏次や浦﨑らの詐欺集団から内海に対しその被担保債権の支払金として交付されていたところ、原告福山は、本件売買が坂口や浦﨑らによって仕組まれた詐欺事件であることが判明した後、及川吉郎を代理人に立て、内海と返還の交渉をしたこと、その結果、及川は、内海から六五〇〇万円全額の返還を受けたのに、原告福山に対しては四〇〇〇万円(原告らが坂口宏次から返還を受けたと自認する原告木村につき二五〇〇万円、原告福山につき一五〇〇万円がこれに当たる。)しか交付せず、残余の二五〇〇万円は及川において着服してしまったことが認められる。これによれば、右二五〇〇万円は直接原告らの手には渡らなかったとしても、内海から原告らに対し返還されたというべきであり、したがって、被告は原告らが被った損害のうち、本来これによって填補される部分については賠償の責を負わないと解するのが相当である。そこで、これを原告らが出捐した金額(原告木村につき一億円、原告福山につき三〇〇〇万円)の割合に応じて按分すると、その金額は原告木村につき一九二三万〇七七〇円、原告福山につき五七六万九二三〇円である。
そうすると、騙取された金額のうち返還されないため原告らの損害となるのは原告木村につき四五七六万九二三〇円、原告福山につき八六八万〇七七〇円である。
2 登記申請手続費用について
登記申請手続費用として、被告に対し、原告木村は二五万円、原告福山は七七万円を支払ったことは当事者間に争いがない。いずれも成立に争いのない<書証番号略>によれば、このうち被告が保証人となったことの報酬として支払われたのは右各金額のうちそれぞれ二〇万円であることが認められる。
3 弁護士費用について
不法行為若しくは雇用契約上の使用者の安全配慮義務違反により生命、身体等を害された被害者又はその遺族による損害賠償請求訴訟においては、弁護士費用相当額が損害の一部として裁判上認容されていることは周知のとおりである。しかしながら、これは弁護士強制主義を採らない現行民事訴訟制度のもとにおいて、被害者の救済という社会政策的配慮から例外的に是認されていることであって、本件のように、そのような配慮を要しない事案についてまでこれを拡張するのは相当とはいえない。したがって、被告は、原告らが支弁する弁護士費用相当額については賠償の責を負うものではなく、この点についての原告らの請求は失当である。
三そうすると、原告らが被った損害は原告木村につき四六〇一万九二三〇円(うち保証人報酬二〇万円)、原告福山につき九四五万〇七七〇円(うち保証人報酬二〇万円)となるわけであるが、前認定の一連の経過事実によれば、原告らは、一億六〇二〇万円という高額の不動産を取得し、或いはこれを担保として一億三〇〇〇万円という多額の貸出をしようとするにもかかわらず、相手方との取引交渉の一切を仲介業者を通じて行い、被告に登記申請手続きを委任するまで、一度も取引の相手方との面会を求めず、相手方が果して目的不動産の所有者であるかどうかについて自らは全く調査をしていない。とくに、原告福山としては、取引交渉の経過で直接中村に連絡をしてその意思確認をすることはさほど困難なことではなく、むしろ、そうすることが不動産取引の常道と考えられるのに、全くこれをしなかったというのは甚だ軽率というほかはない。こうしてみると、原告らについて右のような損害が生じたのには原告らの側にも一半の責任があるというべきであり、被告が賠償の責を負うべき損害額を算定するには公平の観念上このことを斟酌するのが相当である。そこで、前記各損害額のうち、その性質上保証人報酬を除外した金額からその四割を減じ、これに保証人報酬を加えると、被告が原告らに対し賠償の責を負うべき損害額は原告木村につき二七六九万一五三八円、原告福山につき五七五万〇四六二円である。
四よって、原告らの請求は、被告に対し原告木村において二七六九万一五三八円、原告福山において五七五万〇四六二円及び右各金員に対する損害発生の後である平成元年九月二六日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官大塚一郎)
別紙物件目録
(一) 所在 埼玉県浦和市大字鹿手袋字壱丁田
地番 五壱〇番壱
地目 田
地積 壱六五平方メートル
(二) 所在 埼玉県浦和市大字鹿手袋字壱丁田
地番 五壱〇番弐
地目 田
地積 参〇平方メートル